宇宙 スピリチュアル あの世とこの世を語る エンシェント

日常にあるあの世とこの世、スピリチュアルを伝えていく。

嘘を重ねても、真実には何の影響もない

私はエンシェント。

 

今回あh、嘘と真実の話をしよう。

 

原初の時、この世には光のみであった。

 

そこは全てが一つで、それ以外何もなかった。

 

(バシャールには、ザ、ワンと言われている。言い方は問題ではない)

 

何も無いということは、自分が何者かを判断できないということだ。

 

まるで、独房の暗闇の様だ。光しかなければ、体感も出来ない。

 

光の中の孤独である。

 

そこで、分離と闇を作った。自分の全てを認識するためである。

 

そして全てを忘れ、光に言った。

 

「どうして、私をお見捨てになったのですか」

 

禁断の実とは、純粋な損ないが、この世全てのネガティブを取り入れ、

 

それが急激過ぎたために、バランスを失って、全てを失った。

 

そこには見えない世界への記憶も含まれる。

 

それを堕ちたと表現している。

 

 私達から、光が離れたことなど、原初のときより、ただの一度もない。

 

意識が永遠である事が、それらのコピーであるからである。

 

それも、今ここ、全てのネガティブを昇華し、

 

三千(産前)世界のひっくり返りと言われる所以である。

 

 まだ私達は、本当の意味で生まれていない。眠ったままである。

 

(それを無理に起こす必要はない)

 

ただ、最初の人類は、両性具有であり、人としての転生をする存在ではなかった。

 

(今も、両性具有として生まれ、意識により性別が固定される。

 

十月十日で進化して出てくるのは、この世での記憶がそうさせる)

 

人としての器が出来てから、転生が始まったのであり、

 

それまでは、永遠の存在として人は現れた。

 

この世に存在する私達は、物のサイドからしか考えることが出来ない。

 

だから、認識がどうしても足りなくなり、分からないを、無いに変えてしまった。

 

それが嘘であるが、かといって、真実は揺るがず、

 

信じている幻想とは何の関係も無い。

 

そういったことは、神話にもよく現れている。

 

日本に馴染みのあるのは古事記である。

 

神道こそ全てとか、そんなことは私は言わない。どれも同じだ)

 

全ての存在から、段々と人に近い存在へと変わっていく。

 

そしてまた神様一年生へと戻る。

 

それを、堕ちると表現したのが堕天使である。

 

物質に囚われたからと言って、意識の永遠さが損なわれるわけではない。

 

それは、一時的な嘘である。

 

私のような物が、こういった記述が出来るのも、

 

その壁が薄くなっていることに他ならない。

 

今の私達が、何処にいるのか、それが理解できれば幸いである。

 

今回はここまで。