宇宙 スピリチュアル あの世とこの世を語る エンシェント

日常にあるあの世とこの世、スピリチュアルを伝えていく。

知識は物であり、知恵は精神と繋がっています。

私はセレンディピティ

 

今回は、未来への投資について、

 

お話し致しましょう。

 

この世の物には、あの世へ抜ける方法は、

 

この時空には有りません。

 

肉体もお金も、全て持っていけません。

 

持っていけるのは、知識と経験、

 

つまりは知恵です。

 

この世での学びの内、

 

学問は言わば物よりの知識です。

 

それらは元々答えがもう有り、

 

覚える事が学びとなります。

 

かなり多くの学び舎では、

 

例えば、1たす1は2ですが、

 

1たす1は何でしょう、考えてみましょう。

 

これをやってしまいます。

 

1たす1は2であると答えるのは、

 

知っているからです。

 

2を知らなければ、永遠に答えは出ません。

 

それを無から出せる人は、

 

新発見をした人です。

 

それはまるで、

 

何世紀にもかかって出した方程式の証明を、

 

数分考えて出す行為なのです。

 

これは、宗教やお金稼ぎでも、

 

日常的に行なわれています。

 

知ってるフリをして、

 

教えを乞い、小出しして、

 

本当は知らないのに、

 

そのうち分かるとしてしまうのです。

 

知識と知恵は、大きく違います。

 

知識が物に近く、

 

知恵が精神に近いのですが、

 

知恵は、1たす1は2の活用法で有り、

 

例えば、物を買うのに使うとか、

 

自分で計算して、騙されない様にとか、

 

そういうのが知恵です。

 

これを勘違いしている教師の

 

方はかなり多いのです。

 

10年修行して、ほぼ何も出来ず、

 

師匠から盗み見ろというのは、

 

その一例です。

 

本当のマスターは、

 

弟子をマスターにします。

 

それが出来てようやく、

 

新天地へ召されます。

 

内容は関係ありません。

 

これに気づいたかどうかで、

 

転生回数も一気に縮小します。

 

知識はこの世の物です。

 

転生先が別次元の時、そこは法則が違い、

 

知識は役に立ちません。

 

しかし、知恵は違います。

 

本来の聖書には、きちんと、

 

愛は大切であるが、

 

より大切なのは知恵であると

 

書かれています。

 

(注:聖書の信義がオススメです)

 

知恵を大切にして頂きたいと思います。

 

知恵には何故を解く鍵があると感じます。

 

今回は此処まででございます。

 

またお会い致しましょう。

精神的進化には、物質至上主義を超える必要があります。

私はセレンディピティ

 

今回は、想いの加速について、

 

お話し致しましょう。

 

年々、想った事が起こる時間が、

 

かなり速くなっていると感じます。

 

大きな災害も、

 

場所に大きな差が出来てしまっています。

 

明日は我が身と想うべきと思います。

 

多くの想いが結集すると、

 

元々の結果からずれていきます。

 

想いの渦は、集中している所に

 

溜まっていきます。

 

これらは、量子力学です。

 

と言っても、難しくは有りません。

 

見た瞬間、結果が変わります。

 

物質社会の、今此処だけでは、

 

目的は分かりません。

 

一つ一つに、向き合っていくしか有りません。

 

物質至上主義と、精神的目覚めの無さが、

 

色々なお知らせを呼び込みます。

 

それらは個人も全体も変わりません。

 

この世に不要な出来事は有りません。

 

精神的な進化には、

 

物質的限界を超える必要があります。

 

何が起きても、

 

一つづつ受け止めて

 

乗り越えていくしかありません。

 

今回は此処まででございます。

 

またお会い致しましょう。

転生は、小さな繰り返しの中の小さな進化の積み重ねです。

このブログは、私の負担にならない様に、

 

作る時間はあまりかけず、

 

5分位で読める様になっています。

 

同じ事が何度も出て来ますが、

 

それがダメという事はありません。

 

ここは初めて一年数ヶ月です。

 

ですが、書いていて、

 

何度も転生した時の

 

気付きが含まれる時もあります。

 

全ては繰り返しだからです。

 

 

私はセレンディピティ

 

今回は、小さな継続について、

 

お話し致しましょう。

 

何かを始めても、

 

中々長続きせず、

 

3日坊主の方は多いと思います。

 

そう言った方の習慣は、

 

転生前から、ずっと続いています。

 

バカは死ぬまで直らない

 

と言う言葉は、

 

バカは死んでも直らない

 

が正解です。

 

一気に変えようとするので、

 

潜在意識とケンカしてしまうのです。

 

一生の内、一個か二個、

 

修正出来れば、この生は生きて来ます。

 

年齢、性別、一切関係ありません。

 

物凄く短いスパンを、徐々に繰り返すと、

 

それが潜在意識に入ります。

 

人の一生は、

 

毎日寝て起きる事の集合体です。

 

転生ができるのであれば、

 

コツコツも出来ます。

 

テレビやネットの

 

全てが悪いとは言いませんが、

 

あれらは麻薬に近く、

 

多くの文明はこう言ったモノに

 

何度も破壊されて来ました。

 

どんな本も、一日数ページ読めば、

 

半年もかかかりません。

 

貴方の人生を、破壊しない様に、

 

此処は見なくて大丈夫ですので、

 

小さなコツコツを続けて頂きたいと思います。

 

今回は此処まででございます。

 

またお会い致しましょう。

心と体、体の細胞と、貴方の持つ星の住民とは、意識で繋がっています。

私はセレンディピティ

 

今回は、意識の伝わり方について、

 

お話し致しましょう。

 

私たちには、感情があります。

 

心は、コロコロ変わるからそう

 

付いたと言われています。

 

不安定なのに何故あるのかは、

 

勿論理由があります。

 

この世は全てが対になっています。

 

精神と心は、深く繋がっています。

 

心は揺り動きます。

 

しかし、精神の深くは、不動です。

 

焦りは、行動にも出ます。

 

あたふたした態度は、安心感もなく、

 

相手に信用されません。

 

あたふたを続けると、

 

周りや友人関係、

 

生き方もあたふたして来ます。

 

これは、天気と同じです。

 

荒れているのは、地表だけです。

 

雲の上は何時も晴天。

 

嵐も海の中には有りません。

 

洞窟や内部世界はとても安定しており、

 

そこで住む事は逃げでは有りません。

 

常に不動でいる事は出来ません。

 

何かあった時に、

 

付和雷同する様に出来ています。

 

しかし、その後の行動や考え方を、

 

いかにフラットにするか、

 

そこにこの世界へ来た理由の

 

8割位があります。

 

上手くいかなくて良いのです。

 

大切なのは、向き合う心。

 

貴方の持つ星で、同じ事が起きています。

 

(そう感じない様になっています)

 

神様一年生は、

 

本当はずっと前からもうこなしています。

 

この世は過去から未来へと

 

流れている訳では無くて、

 

同時存在だからです。

 

貴方が荒れる時、星も荒れます。

 

良い事をすれば、良い事が返ってくる。

 

逆も然り。

 

シンプルなルールで、

 

この世もあの世も出来ています。

 

今一度、心の平穏を見直して

 

欲しいと思います。

 

貴方の星に住む住民と、

 

貴方の体の細胞は繋がっています。

 

ただ、神様は全てハッピー

 

ばかり用意はしません。

 

動きがあれば、良い面、悪い面は必ず出ます。

 

動きがなければ、呼吸も出来ません。

 

それを踏まえ、カンニングせずに

 

そう思えば、そうなります。

 

そこが一番難しいのですが、

 

それが完全にできる様になった時、

 

この星からは卒業、つまりは死と転生です。

 

不安定で学びがまだあるから、

 

今ここにいるのです。

 

今回は此処まででございます。

 

またお会い致しましょう。

 

 

 

 

 

 

上手くいかない事の中に、重要な意味が隠れている

私はエンシェント。

 

今回は、科学技術と、

 

見えない世界について話そう。

 

数十年ほど前に思い描いた未来世界は、

 

希望に溢れ、

 

今とは随分違っていた様に

 

思った事は無いだろうか?

 

その時の未来と、今とでは、

 

かなり絶望感が強く無いだろうか?

 

それには理由がある。

 

その時の時間軸と

 

大分ずれて来ているからである。

 

科学技術は、

 

究極的には自然との共存はかなり難しい。

 

それを為し得た文明はほとんど無く、

 

その間に、

 

そこに居る意識体の覚醒、進化により、

 

興味を失うか、

 

それ自体認識しなくなる。

 

技術の探究が無駄と言っているのでは無い。

 

元々、全ての経験をする為に、

 

the onesから分離して、

 

神はいない、神はお見捨てになった、

 

そこから始まったのが今の世界である。

 

(きちんと聖典に書いてある)

 

科学の対岸に達し、絶望からの覚醒待ち、

 

今はそんな時である。

 

どんな事も、

 

春夏秋冬、

 

始まり、

 

活性期、

 

実り、

 

そして終わりがある。

 

そしてまた始まる。

 

今の世界には、

 

意識体の覚醒が一切織り込まれていない。

 

わかりやすく言えば、

 

何故が殆ど無いに等しい。

 

これは、どの文明も陥る、通過儀礼である。

 

色々な事が複雑になるにつれて、

 

自分で考え、発する事が出来なくなっていく。

 

思いついたアイデアは、

 

もうとっくに他の誰かが思い付き、

 

それは登録されているから、

 

貴方のモノでは無いと言う。

 

カンニングせずに、それにたどり着いた時、

 

それは、見えない世界から

 

アクセスした事と変わらない。

 

それが日常的に起こっており、

 

確認の結果、

 

似た事が別の場所にあるに過ぎない。

 

その新しい何かを生み出し、

 

それをお金に換える事が、

 

人生の目的では無い。

 

この事は、宇宙を駆ける様になっても、

 

中々気付けず、体験出来ない。

 

大抵の文明は、世界の同一化と、

 

星が荒れる前に気付き、

 

次の段階へ進むからである。

 

これが良いかどうかは、私には分からない。

 

だが、この難しい課題の経験は、

 

意味は有る。

 

今回で解決出来ないかも知れない。

 

ただ、数十年前の純粋な科学発達の未来は、

 

今も別の時間帯で存在している。

 

スッキリしない気持ちの片隅には、

 

そんな科学の限界がある事を、

 

覚えておいて欲しい。

 

それはきっと、

 

三千世界の入れ替わりにきっと役に立つ。

 

今回は此処まで。

神様の姿形は、一切決まってはいません。

私はセレンディピティ

 

今回は、神様のカタチについて、

 

お話し致しましょう。

 

神様の姿形と言えば、

 

どんな姿を想像するでしょうか?

 

髭のお爺さんですか?

 

それとも美形の女神でしょうか?

 

それとも、龍神様でしょうか?

 

この世では、時間経過がありますが、

 

潜在意識で思った通りの世界です。

 

ですので、本来決まっていない姿形も、

 

そう思えば、その形で出て来ます。

 

これは、神に愛される行為も同様で、

 

昔からのイメージの蓄積から来ています。

 

見えない世界は、

 

この世にある全てを愛しています。

 

それは、文字通りの意味で、

 

笑いも、性的な事も、

 

これはオッケーで、これは駄目、

 

そういうのは一切有りません。

 

正しい、神様に近づくとされる事を

 

生(live)、

 

間違った、神様と遠ざかるとされる事を

 

悪(evil)

 

と呼んでいるに過ぎません。

 

(英語ではアナグラム

 

入れ替えで同じ意味です)

 

時代によっても、これらは入れ替わります。

 

性的なことは間違いでは有りません。

 

お笑いが神事とかけ離れている事も

 

有りません。

 

どんな出来事にも、神様は宿ります。

 

聖典祝詞も、本来は一切必要無いのですが、

 

(そう言うと反発する世界に生きています)

 

心のカタチを作りやすいから、

 

そうしているに過ぎません。

 

皆様の響く事が全てです。

 

難しい何かは必要無く、

 

今まで幾度も転生して来た皆様は、

 

もう理解していると思います。

 

今回は此処まででございます。

 

またお会い致しましょう。

 

 

病に大切なのは、その時の思いの方向である

私はエンシェント。

 

今回は、意識と身体の連動について話そう。

 

出来事は、心と体、

 

精神と肉体のバランスによって起こる。

 

特に、病は、この星では病であるが、

 

本来はそうでは無い場合も多い。

 

病は、マイナス側の超能力である。

 

先天的な病は、この世での課題によって、

 

自ら決める場合が多い。

 

それは、

 

この世の途中でかかる病も同様である。

 

病に必要なのは、何故である。

 

病院に掛かる事を否定しないが、

 

掛かった原因がある。

 

今の方向が違う場合と、

 

今後にその病が必要な場合である。

 

科学で何故は判明しない。

 

取り除く方法ばかりである。

 

まずは、振り返る時間である。

 

治療へ至る道にも、

 

まずは平穏と集中が必要である。

 

この世の今この時は、

 

十月十日で産まれる子どもと同様、

 

総集編である。

 

一気に、今までの反省が押し寄せる。

 

一時的に、この世の中では、

 

治療しきれない場合もあるが、

 

本当の目的の為に、今その状態であると、

 

まずは認識して欲しい。

 

これは、地球環境でも同様である。

 

二酸化炭素の増加の影響は、

 

あくまで結果であり、

 

何故そうなったか、が先に来る。

 

二酸化炭素の増加が、植物との対話を生み、

 

今の人類の土壌が産まれている。

 

(CO2は2つの8、無限大であると以前書いた)

 

無くなれば私たちは生きていけない。

 

温度上昇があったから、

 

この世が寒冷化から抜け出し、

 

私たちが住める様になった。

 

植物も光合成をしない時は、

 

私たちと同じく、

 

燃やして二酸化炭素を出す。

 

見えない世界では、

 

私たちの精神を伴って生きている。

 

物質と意識、無限と有限が

 

逆転していると言っても良い。

 

酸素と二酸化炭素の関係と同じである。

 

この世で、心が顧みられなくなる時、

 

あの世では精神的力が増大している。

 

病も同様である。

 

病の時、親兄弟との絆が深まる時があるのは、

 

この為である。

 

病が治るのを願うのは勿論大切だが、

 

もっと大切なのは、

 

何を思い、経験するかである。

 

重病は、卒業試験にあたる人はとても多い。

 

そこで、障害者は当然の権利があると思うと、

 

徳は貯まらない。

 

何かをして、

 

褒められるとそこで

 

プラスマイナスゼロになるのと同じである。

 

誰も見ていなくても、

 

出来る様になり、

 

意識が薄くとも、

 

自然とこなせる様になれば、

 

卒業間近である。

 

修行等で綺麗な所を更に磨くのは、

 

この為でもある。

 

今回は此処まで。