亡くなった人達には、全ての言葉は届いています。
私はセレンディピティ。
今回は、亡くなった後の行き先について、
お話し致しましょう。
あの世がどうなっているのか、
今の私達には分かりません。
逆に言えば、全てが自由、
此処にポイントがあります。
色々な姿が語られています。
天国と地獄。
霊界。
そして、そんなものは無い。
ほぼ無くなりかけている霊界は別として、
私達は、最終的には自由です。
(霊界を経由しないので、
本来の姿に戻りつつあります)
どんなに道筋や使命があり、
推奨シグナルが出ていても、
最終的には自己自由が優先されます。
それに例外はありません。
つまりは、
どのあの世での行き先も幻想でもあり、
存在もしています。
本当は天国と地獄は存在しません。
あると思って、周りにそう仕込まれて
亡くなるので、
一旦その世界が用意されます。
そしてただ戻るのです。
キリスト様が迎えにも来ます。
天使のお迎えも来ます。
息子や娘に迎えられます。
(時間が存在しないので、
亡くなった順番は関係ありません)
そして、
科学を信じきっている人は、
何も無い世界へ行く人も居ます。
あの世を見たという人も沢山居ます。
この世での私達は
肉体と3-4次元の壁があり、
正確には把握出来ません。
そして、風土や時代、
その人の潜在意識により、
見たいものが変わります。
良い悪いはありません。
どんな事も、
潜在意識でそう思った時、
それは実行されます。
言葉も、生きている間よりも
はっきりと聞こえています。
宗教的では有りますが、
仏教等の49日等は、
きっちり正確にそうでは
無いのですが、
心の整理に時間がかかるのは、
突然亡くなった方には特に必要なのです。
命の尊さは、
何よりも優先なのは言うまでも有りません。
地獄は有りませんが、
インチキやかなりの行為をすると、
巻き戻しか、更に課題が追加されます。
それはハイヤーセルフや、自らが行います。
それを昔の人々は地獄と表現したのです。
本来は、
人が人を、
神が神を、
人が神を、
神が人を
裁く事は有りません。
ただ、導き手が必要、
それだけ、私達はまだまだ未熟なのです。
それが悪い訳では有りません。
それだけ此処が過酷だと言う事です。
今回は此処までで御座います。
またお会い致しましょう。